自分のことについて 2

前回のブログの続きで、ここからは卒業後の活動について書いていこうと思う。

毎日制作中心だった楽園のような学生生活が終わると、厳しい現実というトンネルが待っていた。

一番しんどかったことは、美術作家になる方法が何もわからないまま社会に出てしまったことだ。

当時は絵で食べていくこと自体が夢物語に近く、自分にとってはるか遠くの存在に感じていた。

絵で食べていきたいけど、その方法がまったくわからなかった。

今ほど卒業後にすぐ作家として食べていけるという道がない時代でもあったのはもちろんのこと、

自分自身の作家として生き残るための勉強不足やプレゼン力が足りなかった部分も大きい。

良い作品を制作すれば良いということしかわからなかった。

アプローチしなければ知ってもらうことすらないのに。

生き方や人との接し方が不器用だったので、卒業後は美術関係の人との関わりはほとんど無くなった。

仕事と制作を何とか両立できるように個展などの活動も続けていたが、両立はなかなか難しかった。

仕事中心の生活が続き、いろいろと悩んだりして何年も制作できない日々もあった。

仕事に真剣に取り組み過ぎたためか、家でも仕事の影響をひきずり、制作意欲がどうしても薄くなった。

制作をしたくても絵の画面の中に自由に入り込めないという窮屈さからもなかなか抜け出せなかった。

制作をして自由になりたいという気持ちと仕事を中心に考えてしまうという常に揺れる日々だった。

その状況から制作中心の生活になりたいと思い、お金を貯めてドイツで暮らしたこともあった。

言葉もわからず、知り合いもいない中、今行動を起こさないと一生何も変わらないなと決意して行ってみた。

環境に慣れることでいっぱいで、制作や個展はできずに帰国した。

それでも、思い切って行ってみて良かったと思っている。

いろんな場所で作品を見たり、クロッキーを描いた経験は自分の中で大きい。

人はどこでも暮らしていけるんだなということに気付き、自分の強さも自覚した。

今度はレジデンスとかでもう一度海外制作にチャレンジしたいと思っている。

大学の知り合いや多くの人が美術作家として暮らしている現実には驚いた。

ちゃんと美術作家へと通じる道はあるんだという事実に励まされた。

活躍している人達は制作仲間との繋がりを大事にしたり、いろいろ努力してきたんだろうなと思う。

みんなが作家としての実績を作っている中、私は美術界からは遠ざかり、すごく遠回りをしていた。

今でも美術作家としてスタートラインにさえ立てていない状況だ。

それでも、社会に出て働いてみて良かったと思う。そのことに後悔はない。

しんどいことや嫌な思いをすることもあるが、感謝されることやいろいろ学ぶことも多い。

学生の時は人見知りで話せなかったけど、自分の意見が言えるようになったことも大きい。

社会で働いて出会った人たちとの思い出や経験は自分の成長として大切な財産になっている。

美術作家として絵だけで食べていけるようになりたいという思いは強く、制作活動を再スタートした。

作家として食べていくために行動を開始し始めて直面したのが、風当たりの強さだ。

若手でもなく、遅すぎるスタートに対して世間の目は厳しい。

それでも、ここから始めるしかないと思っている。

笑われようが格好悪かろうが、そんなのどうでもいい。

絵を購入してくれた人たちや応援してくれた人たち、自分が描いた作品のためにも、

何とか絵で食べていけるようにならなければならないとも思っている。

制作仲間もほしいなと思っている。

作品について語り合うことによる刺激や成長も大きいと感じているからだ。

もっと成長して、美術作家としてちゃんと通用するための力をつけたい。

自力で何とか這い上がって、自分が望む生き方ができるように頑張っていこうと思う。